ケィオスの時系列解析メモランダム

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【時系列解析】ラグオペレータ (lag operator),後退オペレータ (backshift operator)の登場

 自己回帰過程や移動平均過程を表現する際に便利な,ラグオペレータ (lag operator),あるいは,後退オペレータ (backshift operator)と呼ばれるものを紹介します.どちらも名前が違うだけで同じものです.ラグオペレータはL,後退オペレータはBとすることが多いです.ここでは,Lを使うことにします.

ラグオペレータLのルール

 ラグオペレータLのルールは単純です.Lは時系列に対して使うので,時系列を\{x[i]\}とします.

  • Lx[i]がかけ算でくっつくと,時間が1だけ戻る.つまり,

L x[i] = x[i-1]

  • L^j (Lj乗)と x[i]がかけ算でくっつくと,時間がjだけ戻る.つまり,

 L^{j} x[i] = x[i-j]

  • L^{-1}x[i]がかけ算でくっつくと,時間が1だけ進む.つまり,

 L^{-1} x[i] = x[i+1]

  • L^{-j}x[i]がかけ算でくっつくと,時間がjだけ進む.つまり,

 L^{-j} x[i] = x[i+j]

  • Lは,変数だと思って計算して構わない.例えば,

  (1+L)^2 = 1+2L+L^2

自己回帰過程をLを使って考えてみる

 一般形を書くのは面倒なので,私が大好きな1次自己回帰過程を考えます.

  x[i] = a x[i-1] + w [i] (w [i]は白色ノイズです)

Lを使うと,

  x[i] = a L x[i] + w [i]

です.簡単です.

 これでは特にLの便利さを感じないと思いますので,ここでは,Lの素晴らしさを2つ紹介します.

Lを変数のように扱う

 上の式を変形します.Lを文字式同様に扱うと以下のようになります.

  \begin{eqnarray} x[i] &=& a L x[i] + w [i] \\
x[i] - a L x[i] &=& w [i] \\
\left(1- a L \right) x[i] &=& w [i] \\
 x[i] &=& \frac{1}{1- a L}w [i] \\
\end{eqnarray}

右辺は分数になって,最初に説明したルールでは解釈不能です.しかし,マクローリン展開の式

  \displaystyle \frac{1}{1-x}=1+x+x^2+x^3+ \cdots

をまねてやると (収束半径なんて気にしません),

  \displaystyle \frac{1}{1- a L}=1+a L +  a^2 L^2+a^3 L^3 + \cdots

となります.ということで,これを上の計算に使えば,

  \begin{eqnarray} x[i] &=& \frac{1}{1- a L}w [i] \\
&=& \left( 1+a L +  a^2 L^2+a^3 L^3 + \cdots \right) w [i] \\
&=& w [i] +a L w [i] +  a^2 L^2 w [i]+a^3 L^3 w [i] + \cdots  \\
&=& w [i] +a w [i-1] +  a^2 w [i-2]+a^3 w [i-3] + \cdots  \\
&=& \sum_{j=0}^{\infty} a^j w [i-j]
\end{eqnarray}

となり,解釈可能な形になります.この記事では,移動平均過程を紹介していませんでしたが,自己回帰過程は,無限次の移動平均過程であることが分かります.Lを使わなくても,

  \begin{eqnarray} x[i] &=& a x[i-1] + w [i] \\
&=& a \left(a x[i-2] + w [i-1] \right) + w [i] \\
&=& a^2 \left(a x[i-3] + w [i-2] \right) + a w [i-1] + w [i] \\
\end{eqnarray}

と,時間を戻していけば同じ結果になります.つまり,Lを変数のように考えて,マクローリン展開しても間違っていないようです.

Lは時間と周波数の世界の橋渡し役

 時系列を観測する時間iに支配される世界では,Lは時間を巻き戻す記号です.一方で,時系列をフーリエ変換すると周波数fが支配する世界になります.この時間の世界と周波数の世界の対応を考えると,

時間の世界のLは,周波数の世界ではe^{-{\bf i} 2 \pi f}になる.

ということです.{\bf i}虚数単位です. 

時間の世界のx[i]は,周波数の世界ではX(f)になる.

ということで,

  \begin{eqnarray} x[i] &=& \frac{1}{1- a L}w [i] \\
\end{eqnarray}

の両辺をフーリエ変換すると (Lの場所にe^{-{\bf i} 2 \pi f}を書いた),

  \displaystyle X(f) = \frac{1}{1- a e^{-{\bf i} 2 \pi f}} (w [i]フーリエ変換)

これ以上書きません.ここからは,以前の記事を参考にしてもらうことにします.つまり,さらに計算を続ければ,正しいパワースペクトルが計算できます.

chaos-kiyono.hatenablog.com