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【非整数ブラウン運動の数理】非整数ブラウン運動の定義式について

東京に出張で3泊して帰ってきました.出張最終日の今日は汐留のオフィスビルで打ち合わせがあり,20階までエレベーターで上ったので怖かったです.私は,東日本の震災を福島県で経験して以来,4階以上は怖いです.ということで,今日は連続時間の非整数ブラウン運動 (fractional Brownian motion)の定義について,書いておきます.この論文

Mandelbrot, Benoit B., and John W. Van Ness. "Fractional Brownian motions, fractional noises and applications." SIAM review 10.4 (1968): 422-437

の2節で与えてある非整数ブラウン運動の定義式について考えます.この論文の著者であり,フラクタルの名付け親であるマンデルブロー(Mandelbrot)とは,アメリカで一度だけ会ったことがあります.エレベーターで二人きりになったときに,少しだけ話しました.

非整数ブラウン運動の定義

 マンデルブローの論文では,非整数ブラウン運動の軌道B_H(t)の定義は,t=0の値B_H(0)からの増分で定義されています.ここでは,元の論文にある\omegaは省略します.つまり,B_H(t, \omega)と書かず,B_H(t)と書きます.\omegaは,観測するごとに結果はランダムに変るよという気持ちを込めてあるだけで,具体的に数字が書けるわけではありません.ということで,非整数ブラウン運動の軌道B_H(t)の定義は,

\begin{eqnarray}  B_H(t)-B_H(0) &=& \frac{1}{\Gamma(H+1/2)} \left\{\int_{-\infty}^{0} \left[(t-s)^{H-1/2} - (-s)^{H-1/2}\right] \, dB(s) \right. \\ && \left. + \int_{0}^{t} (t-s)^{H-1/2} \, dB(s)  \right\} \end{eqnarray}

です.わたしは,昔,この式の意味がよく分かりませんでしたが,今は,何通りかの方法で説明することができます.

 この式の書き方では,意味が分かりづらいと思います.私であれば,

\begin{eqnarray}  B_H(t)-B_H(0) &=& \frac{1}{\Gamma(H+1/2)} \left\{ \int_{-\infty}^{t} (t-s)^{H-1/2} \, dB(s) \right. \\ && \left.− \int_{-\infty}^{0} (0-s)^{H-1/2} \, dB(s)  \right\} \end{eqnarray}

と書きます.非整数ブラウン運動の軌道B_H(t)は,過去の増分dB(s)に重みをかけて積分したものになっているので

 \begin{eqnarray}  B_H(t) &=& \frac{1}{\Gamma(H+1/2)} \int_{-\infty}^{t} (t-s)^{H-1/2} \, dB(s) \end{eqnarray}

と書けます (発散しそうなので,数学者は書かないと思います).このとき、 B_H(t)-B_H(0)を計算すれば、上の式になります。もとの定義では、時刻0での位置 B_H(0)(初期値)を指定していると見ることもできます。

 H=1/2のときが,通常のブラウン運動です.このとき,

 \begin{eqnarray}  B_{1/2}(t) &=& \frac{1}{\Gamma(1/2+1/2)} \int_{-\infty}^{t} (t-s)^{1/2-1/2} \, dB(s) \\
&=& \frac{1}{\Gamma(1)} \int_{-\infty}^{t} (t-s)^{0} \, dB(s) \\
&=&  \int_{-\infty}^{t} dB(s) \\ &=& B(t) \end{eqnarray}

となります.つまり,下の図のようにブラウン運動B(t)をみじん切りにして,その増分dB(s) (小間切れ\Delta B(t))を積分してつないでいけば,B(t)に戻ります.

ブラウン運動のサンプルパスB(t)の増分\Delta B(t)\Delta tごとに,増分\Delta B(t)を計算しています.\Delta B(t)は,標準偏差\sqrt{\Delta t}の白色ガウスノイズになってます.

 H\neq1/2のときは,過去に重みをつけて増分dB(s)をつなげます.H> 1/2のときは,過去により大きな重みをつけ,H < 1/2のときは,過去により小さな重みをつけるのが非整数ブラウン運動です.前に,ARFIMA(0, d, 0)を紹介しましたが,そのときも,重みを変えました.非整数ブラウン運動の重みは下の図のようになります.

非整数ブラウン運動B_H(t)の重み

 B_H(t)を無限の過去からの積分で表すと,積分が発散しそうで気持ち悪いので,増分の形

 B_H(t)-B_H(0)

で書いたのが,非整数ブラウン運動の定義です.増分は,定常な確率過程になるので,定常中心主義にこだわる人は安心できるのだと思います.

 Jan Beranの本"Statistics for Long-Memory Processes"では,B_H(t)-B_H(0)の重み(下の図)が説明してあります.増分の重みは,原点で傾向が急に変るので,なんでだろーと,疑問に思う人がいます (私は最初,意味が分かりませんっした).B_H(t)から,B_H(0)を引くので,下の図のようになります.

B_H(t)-B_H(0)の重み

重みはどうやって決まるの?

 前節では,重みをつけて積分すると説明しましたが,この重み付き積分は「非整数積分」と呼ばれるものです.非整数微積分については,今度説明します.ARFIMA(0, d, 0)は,非整数和分を使いました.それに対して,非整数ブラウン運動では,非整数積分を使うということです.