ケィオスの時系列解析メモランダム

時系列解析,生体情報学,数学・物理などの解説です.

METs (メッツ)の周辺 ー 安静時代謝率と代謝等量 ー

健康を維持・増進するために,運動習慣は良い効果があるということがいろいろな研究で示されてきました.どのくらい運動したのかを知るために,運動の強度やエネルギー消費量を測る必要があります.運動の強さと量を表す単位として,METS (メッツ)というのが使われることが多いです.METsは,Metabolic equivalents (代謝等量)を略したものです.

 安静時座位の酸素消費量 (安静時代謝率)を基準として,その x 倍の酸素を消費する運動が x METsになります。今回は,METsの推定に登場する安静時代謝率 (resting metabolic rate: RMR)について調べたことをメモっておきます.インターネットで「METS」を検索すると,親切な説明がたくさんあって助かるのですが,私は職業柄,根拠となる引用文献が知りたくなるので,今回はMETsの基準である安静時代謝率に関する文献を少し調べてみました.

よく使われる安静時代謝率の値

 安静時代謝率の値として,

 3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}

というのが良く登場します.

これは,いつ,誰が,どのような実験で推定したのでしょうか.私は調べてみましたが,答えは分かりませんでした.知っている人は教えてください.

 私が論文を検索してみたところ,1974年に出版された

Electrocardiographic responses to atrial pacing and multistage treadmill exercise testing: Correlation with coronary arteriography - ScienceDirect

や,1976年に出版された

doi.org

には,Metabolic equivalents (METs)が登場します.しかし,本文中にMETsの定義や説明はありません.2番目の論文に登場するMETsの値をみると,3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}くらいの値で酸素消費量を割ってMETsを計算しているように見えます.

 さらに,1972年に出版された

doi.org

に,"1 metabolic equivalent"が登場します.この場合,仰臥位安静(寝て安静)での酸素消費量が3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}のように書いてあります.寝てるのか,座っているのかどっちかはっきりしてほしいです.

 引用なしの記述にうんざりしていたところ,

https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00023.2004

のイントロにやや詳しいお話を見つけました.といっても,結局よく分からない,みたいに書いてあります.なんとなくの根拠について,この論文では,体重70 kg,40歳男性1名の計測値として,3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}がえられたと書いてあります.現時点で,その根拠となる引用文献を入手できていないので,確証はありません.

 また,スポーツ医学でMETsの基準を提案する論文

2011 Compendium of Physical Activities: A Second Update of C... : Medicine & Science in Sports & Exercise

には,酸素消費量として,3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}が強く推奨されている印象がありました.根拠となる文献として,

Balke B. The effect of physical exercise on the metabolic potential, a crucial measure of physical fitness. In: Staley S, Cureton T, Huelster L, Barry AJ, editors. Exercise and Fitness. Chicago: The Athletic Institute; 1960. pp. 73–81.

が引用されていました.こんな確認しにくい本を根拠にするなよと,文句を言いたいです.しかたないので,図書館に請求して,この記事を手に入れたいと思います.

安静時代謝率は3.5より小さい傾向

 私が探した論文では,酸素消費量として,3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}は,大きすぎで,実際はもっと小さいという報告が多かったです.例えば,

doi.org

です.これは,2021年に出版されたシステマティックレビューなので,過去の結果をほとんど網羅していると思います.

まとめ

 私が,安静時の酸素消費量についてこだわるのは,METsを他の単位,kcalや,Wに変換したいからです.熱ストレスを評価する基準のISO7243では,代謝率の基準がWで書いてあります.今はMETsが一般的になっているので,私自身でMETsの値に直すのですが (下記参照),安静時の酸素消費量の値が違うと,計算結果が変わってしまいます.ちなみに,熱ストレスの基準も裸の男性3人くらいの実験結果に基づいているようなので,根拠が薄いように感じます.それでも多くの人が信じているようなので,私はおとなしくしておきます.

METsとWの関係

 1 METsを,W (ワット)に変換する計算メモです.

 1 METsに相当する酸素消費量を3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1}と仮定します.体内で酸素が使われるということは,体の中で何かが燃えているということです.

 生体内で栄養素が燃焼したとき,酸素1リットル当りの発熱量は,約5 kcal (4.7~5.0 kcal)になるそうです.引用は,孫引きですが,以下のリンクの192ページにあります.

https://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/pdf/info03k-06.pdf

したがって,3.5\ {\rm mL}の酸素の発熱量は,

 3.5 \times 10^{-3} {\rm L} \times 5 \times 10^3 {\rm cal/L} = 17.5\, {\rm cal}

です. 1\,  {\rm cal} \approx 4.2 \,  {\rm J} なので,これは,

 17.5\, {\rm cal} = 17.5 \times 4.2\, {\rm J} = 73.5 \, {\rm J}

です.Wの単位は,J/s なので,

 3.5\ {\rm mL}\, {\rm O}_2\, {\rm kg}^{-1}\, {\rm min}^{-1} = 73.5 \, {\rm J}\,  / \, 60 \,  {\rm kg}^{-1}\, {\rm s}^{-1} = 1.225 \, ({\rm J/s}) {\rm kg}^{-1} = 1.23 \, {\rm W} {\rm kg}^{-1}

となります.体重 70 kgとすると,1 METsは,

  1.23 \, {\rm W} {\rm kg}^{-1} \times 70 \, {\rm kg} = 86 \, {\rm W}

くらいになります.