ケィオスの時系列解析メモランダム

時系列解析,生体情報学,数学・物理などの解説です.

【道具としての数学】マクローリン展開って何?

 マクローリン展開について簡単に説明します.1年くらいぶりの,ひさびさの更新です.古い記事を,毎日,何百人も参考にしてくれているようで,嬉しい気持ちがあるので,リクエストにこたえて記事を書きます (わかりやすいか自信がありませんが).

マクローリン展開以前の超基礎:方程式と恒等式

 【注意】方程式と恒等式の違いを知っている優秀な方々は,私の記事ではなく,他の方のマクローリン展開の解説を読んだほうが役に立つと思います.

 変数xについての方程式は,xに隠れた値を探すための条件式です.例えば,方程式

 x^2 - 5 x + 6= 0

は解くことができて,答えは, x = 2, 3です.この答えが正しいかどうかは, xに値を代入すれば確かめられます.例えば, x=2を代入すれば,

 2^2 - 5\times 2 + 6= 4 - 10 + 6 = 0

になります.

 一方で,変数xについての恒等式は,=でつながれた左右が,全く同じものになっています.つまり,「自分=自分」,「x = x」,「x^2 = x^2」です.左右が全く同じものなので,xにどんな値を代入しても,等しくなります.例えば,恒等式x^2 = x^2に,何を代入しても正しいし,両辺の微分をしても,両辺の逆数や対数をとっても,等しいままです.なぜなら,左右が全く同じものだからです.さらに,当たり前に感じる説明をつづけると,a, b, c, \alpha, \beta, \gammaを定数とするとき,

 a x^2 + b x + c = \alpha x^2 + \beta x + \gamma

が成り立つのであれば,a = \alphab = \beta c = \gammaです.また,

 a \cos x + b \sin x = \alpha \cos x + \beta \sin x

が成り立つのであれば,a = \alphab = \betaです.

 中高校生にするような説明をしましたが,

マクローリン展開の式は恒等式

です.

見た目が違うけど,多項式恒等式の関係になる

 マクローリン展開の例として,\cos xマクローリン展開を書いてみると,

 \displaystyle \cos x=1-\frac{1}{2 !} x^2+\frac{1}{4 !} x^4- \frac{1}{6 !} x^6+\cdots

になります.この式が不思議なのは,恒等式は「自分=自分」なのに,左右で見た目が全然違うことです.左辺は\cos xなのに,右辺は,無限に項が続く多項式 (x^nでできた式)です.

 具体的な数値を代入して計算する場合,無限個の項を計算できないので,右辺の多項式を途中で打ち切ったりします.xの値が0に近いときは,何乗もすると,高次の項はほぼ0なので,無視しても影響は小さいです.なので,マクローリン展開は,多項式を途中で打ち切って,近似式として使うことができます.

 私は数学者ではないので,数学的に厳密なことは完全に無視して説明すると,マクローリン展開というのは,「式を多項式で表しちゃうということ」です.ちょっと,かっこつけていうと,「x=0のまわりで多項式展開する」ということです.

 自分でマクローリン展開を計算したいときは,次の関係式を使います.

マクローリン展開

 関数f(x)マクローリン展開は,

\begin{aligned}
f(x)&=f(0)+f^{\prime}(0) x+\frac{f^{\prime \prime}(0)}{2 !} x^2+\cdots \cdots+\frac{f^{(n)}(0)}{n !} x^n+\cdots \cdots \\
&=\sum_{n=0}^{\infty} \frac{f^{(n)}(0)}{n !} x^n
\end{aligned}

です.f(x)は何度でも微分できる必要があります.

 何で上の関係が成り立つのかは,f(x)多項式恒等式になることを仮定すれば導けます.つまり,a_0, a_1, a_2, \cdotsを定数として,

 \begin{aligned}
f(x)&=a_0+a_1 x+a_2 x^2+\cdots
\end{aligned}

を仮定します.これは,恒等式なので,両辺のxに同じ値を代入しても,両辺を微分しても等しいはずです.

 まず,x=0を代入すれば,

 f(0) = a_0

になるので,a_0の部分には,f(0)が入ることがわかります.

 つぎに,f(x) = a_0+a_1 x+a_2 x^2+\cdotsの両辺を微分した,

 \begin{aligned}
\frac{d f(x)}{dx} &= a_1 + 2 a_2 x+ 3 a_3 x^2 + \cdots
\end{aligned}

に,x=0を代入すれば,

 \begin{aligned}
a_1 &= \frac{d f(0)}{dx}
\end{aligned}

であることがわかります.

 これを繰り返せば,

 \displaystyle a_n = \frac{f^{(n)}(0)}{n !}

であることが導けます.

マクローリン展開の例

 ここでは,実例として,

 \displaystyle \frac{1}{1-x}

をマクロ―リン展開してみます.つまり,上の公式で \displaystyle f(x)=\frac{1}{1-x}の場合を考えます.

 これを,繰り返し微分してみると,

  \begin{aligned}\frac{d f(x)}{dx} &=  \frac{d}{dx} \frac{1}{1-x} = \frac{1}{\left(1-x\right)^2}\\
\frac{d^2 f(x)}{dx^2} &=  \frac{d^2}{dx^2} \frac{1}{\left(1-x\right)^2} = \frac{1}{\left(1-x\right)^3}\\
\frac{d^3 f(x)}{dx^3} &=  \frac{d^3}{dx^3} \frac{1}{\left(1-x\right)^3} = \frac{1}{\left(1-x\right)^4}\\
\end{aligned}

になるので,なんとなく,

 \displaystyle \frac{d^n f(x)}{dx^n} = \frac{1}{\left(1-x\right)^{n+1}}

になりそうです (細かいことは気にしないので証明なんてしません).これに,x=0を代入すれば,

 \displaystyle \frac{d^n f(0)}{dx^n} = \frac{1}{\left(1-0\right)^{n+1}} = 1

になるので,マクローリン展開の式に代入すれば,

 \displaystyle \frac{1}{1-x} = 1 + x + x^2 + x^3 + \cdots

になります.実は,この式は,すべてのxで成り立ちません.-1 < x < 1の範囲で成り立ちます.この領域を収束半径と言います.x=1を代入すれば,発散するので,これがダメそうな雰囲気がすると思います.

収束半径

 マクローリン展開が,すべてのxで成り立たずに,x=0のまわりの領域でしか正しくないときがあります.この領域を収束半径と言います.収束半径の,説明は私には面倒なので,皆さんが複素解析を勉強したときに自分で理解してください.

大学の試験で見かける自明なマクローリン展開の問題

 私は数学者ではありませんが,ある私立大学で6年間数学を教えていたことがあります.私は出題したことはありませんが,

 「x^2+2 x + 3マクローリン展開せよ.」

みたいな問題を出す先生がいました.これは,f(x)=x^2+2 x + 3として,マクローリン展開の公式に当てはめて...,とか考えると,時間の無駄です.

 マクローリン展開した結果は,元の式と恒等式の関係になっているので,微分とか計算する必要はありません.答えとして,次数の順に並べ替えたものを書くなら,答えは,

 x^2+2 x + 3 = 3 + 2 x + x^2

です.フーリエ変換でも,似た感じの問題を出す先生がときどきいます.