時系列解析の教科書として有名なHamiltonの本 "Time series analysis (Princeton university press)"の3.6節に登場する「自己共分散母関数 (Autocovariance-Generating Function)」についての補足説明です.自己共分散母関数は,母関数と名前がついているからには,簡単な手続きで自己共分散を計算できるはず,と思われますが,どうやって自己共分散を計算するのか...,その説明がなかなかみつかりません.インターネット上でも,「どうやって計算すればいいの?」
という質問を見かけますが,答えは書いてありません.上記のリンクにある質問では「先生は 回微分して,0を代入する」と説明したけど,間違っているよね!と書いてあります.確かに間違いです.
ということで,答えを考えてみます.
自己共分散母関数から自己共分散を求める式
まずは,答えを示しておきます.
ここで, はラグ の自己共分散, は自己共分散母関数, は虚数単位です.自己共分散母関数は,微分して0を代入するタイプの母関数ではありません.
上の式で自己共分散を求められるか,確認してみます.自己共分散母関数の中身は,
です.ここでは,自己共分散がラグ (時間差)のみに依存することが仮定されていますので,
です.ですので,
と考えても同じです.この場合は,
を使えば,自己共分散が計算できます.
積分の計算では,複素積分のコーシーの積分定理と留数定理を知っていれば,
となることがわかります.意味がわからなければ,以下のリンクにある記事を参考にしてください.
【複素関数の積分】(2)留数定理 - ケィオスの道具としての数学
は定数なので,上の式を使えば,
となります.つまり, の係数だけ残して,他はゼロにするだけです.
例として具体的に計算してみれば, のとき
のとき,
となり,正しく自己共分散が求められます.
ということで,最初に示した式
で,自己共分散母関数から個々の自己共分散を計算できそうです.
実際の応用では,自己回帰過程や移動平均過程などの差分方程式から,自己共分散母関数 を求める必要があります.この計算も,公式的に求められるということで,理論的な枠組みがすっきりするわけです.
何で周回積分で自己共分散が出てくるの?
この式
は,どうやって導くのでしょうか?
答えは,「自己共分散母関数 を使ってパワースペクトルを表し,ウィーナー・ヒンチンの定理を使って自己共分散を計算する」ということです.
自己共分散母関数 を使ってパワースペクトル を表せば,
です.
ウィーナー・ヒンチンの定理により,パワースペクトル を使って,自己共分散 を表せば,
ここから, と置換積分すれば,
となります (上の計算の2行目から3行目で,周回積分の向きを変えています).
おわりに
弱定常中心主義の時系列解析の教科書は,どれもイマイチのような感じがします.Hamiltonの本 "Time series analysis"は,良い本ですが,今の学生には何がポイントなのかがわかりにくいと思います.とはいえ,私の理解もまだまだですので,これからも少しずつ説明を書き加えて,理解を深めたいと思います.