ケィオスの時系列解析メモランダム

時系列解析,生体情報学,数学・物理などの解説です.

【時系列解析】m階積分 (和分)とパワースペクトル:ARFIMA(0, d, 0)の一歩手前

今回は,Autoregressive fractionally integrated moving average process (ARFIMA)への導入の手前です.ARFIMAの日本語訳は,私が訳せば「自己回帰非整数積分移動平均過程」,インターネット検索でよく見る訳は「自己回帰実数和分移動平均過程」です.MA (moving average: 移動平均)過程も,ARMA (autoregressive moving average: 自己回帰移動平均)も,ARIMA (カタカナ読み「アリマ」)も,これまで全く説明していませんが,長時間相関過程の話へつなげたいので,一気に飛ばして,ARFIMA (アルフィマ,アルフィーマ)の中のARFIMA(0, d, 0)過程への導入の一歩手前の話をします.つまり,ARFIMAは,話に登場しません.

 押さえておきたいポイントは,「m階差分・m階積分 (和分)のラグオペレータ (バックシフト演算子)を使った表現」「m階差分過程・m階積分 (和分)過程のパワースペクトルです.

基本事項の確認

以前と同じ説明です.知ってる人は飛ばしてください.

1. ラグオペレータLを,時系列 \{x[i]\}に作用させると,

 \displaystyle 
 L x [i] = x[i-1],  \displaystyle 
 L^m x [i] = x[i-m]

となります.つまり,Lが1つかかるごとに,時間が1戻ります.

2. 時系列 \{x[i]\}フーリエ変換X(f)とします.時間の世界でのラグオペレータLフーリエ変換すると,e^{{\bf i } 2 \pi f}になります.つまり,

 \displaystyle 
 L x [i]フーリエ変換すると, \displaystyle 
 e^{{\bf i} 2 \pi f} X(f)

となります.フーリエ変換すると,Le^{{\bf i} 2 \pi f}に変わると覚えてください.

3. 時系列 \{x[i]\}パワースペクトルの推定量S_x(f)は,長さNの時系列 \{x[i]\}フーリエ変換X(f_k) (ここで, f_k = k/N)として,

 \displaystyle 
 S_x(f_k) = \frac{|X(f_k)|^2}{N}

です.

 ラグオペレータとパワースペクトルの話は,以下の記事を参考にしてください.

chaos-kiyono.hatenablog.com

m階差分・m階積分 (和分)のラグオペレータLを使った表現

 ここでは,

時系列\{x [n]\}m階差分をとった時系列\{y [n]\}との関係は,

 \displaystyle y[n] = (1-L)^m x[n]

時系列\{x [n]\}m積分 (和分)をとった時系列\{y [n]\}との関係は,

 \displaystyle (1-L)^m y[n] = x[n]

となることを説明します.

 まずは,1階ずつ段を進みます.\{x [n]\}の1階差分は,

 y[n] = x[n]-x[n-1]

です.\{x [n]\}の2階差分をz[n] と書けば,

 \begin{eqnarray} z[n] &=& y[n]-y[n-1] \\
 &=& (x[n]-x[n-1])-(x[n-1]-x[n-2]) \\
&=& x[n]- 2 x[n-1] + x[n-2]
 \end{eqnarray}

です.ラグオペレータLを使えば,1階差分は,

 \begin{eqnarray} y[n] &=& x[n]-x[n-1] \\
 &=& x[n]- L x[n] \\
&=& (1-L) x[n]
 \end{eqnarray}

2階差分は,

 \begin{eqnarray} z[n] &=& y[n]-y[n-1] \\
&=& y[n]-L y[n] \\
&=& (1-L) y[n] \\
&=& (1-L) (1-L) x[n] \\
&=& (1-L)^2 x[n]
\end{eqnarray}

となります.これを繰り返せば,m階差分は,

 \begin{eqnarray} (1-L)^n x[n]
\end{eqnarray}

となります.

 今度は,積分 (和分)です.\{x [n]\}の1階積分 (和分)は,

  \displaystyle y[n] = \sum_{i=1}^{n} x[i]

\{x [n]\}の2階積分 (和分)をz[n] と書けば,

 \begin{eqnarray} z[n] &=&\sum_{i=1}^{n} y[i] \\
 &=& \sum_{i=1}^{n} \sum_{j=1}^{i} x[j] 
 \end{eqnarray}

です.ちょっと式を書き換えてラグオペレータLを使えば,1階積分 (和分)は,

 \begin{eqnarray} y[n] &=& \sum_{i=1}^{n} x[i] \\
y[n] &=& \sum_{i=1}^{n-1} x[i] + x[n]  \\
y[n] &=& y[n-1] + x[n] \\
y[n] - y[n-1] &=& x[n] \\
y[n] - L y[n] &=& x[n] \\
(1-L)y[n] &=& x[n] \\
y[n] &=& \frac{x[n]}{1-L} \\
\end{eqnarray}

2階積分 (和分)は,

 \begin{eqnarray} z[n] &=& z[n-1] + y[n] \\
z[n] - z y[n] &=& y[n] \\
(1-L)z[n] &=& y[n] \\
z[n] &=& \frac{1}{1-L} y[n] \\
z[n] &=& \frac{1}{1-L} \frac{x[n]}{1-L}\\
z[n] &=& \frac{x[n]}{(1-L)^2}\\
(1-L)^2 z[n] &=& x[n]\\
\end{eqnarray}

となります.これを繰り返せば,m積分 (和分)は,

 \begin{eqnarray} \frac{x[n]}{(1-L)^m}
\end{eqnarray}

となります.

m階差分過程・m階積分 (和分)過程のパワースペクトル

 上で\{x [n]\}とした時系列を,平均0,分散\sigma^2の白色ノイズとします.ここでは,

白色ノイズ\{x [n]\}_{n=1}^Nm階差分過程の時系列\{y [n]\}_{n=1}^NパワースペクトルS_y(f_k) は,

 \displaystyle S_y(f_k) = \sigma^2 \left(2- 2 \cos 2 \pi f_k \right)^{m} = \sigma^2 \left( 2 \sin \pi f \right)^{2m}

白色ノイズ\{x [n]\}_{n=1}^Nm積分 (和分)過程の時系列\{y [n]\}_{n=1}^NパワースペクトルS_y(f_k) は,

 \displaystyle S_y(f_k) = \frac{\sigma^2}{\left(2- 2 \cos 2 \pi f_k \right)^{m}} = \frac{\sigma^2}{\left( 2 \sin \pi f \right)^{2m}}

となることを説明します.積分過程は,非定常 (時系列が発散)なので,自己共分散 (自己相関)関数のフーリエ変換として定義されるパワースペクトルは存在しません.そんなことは気にせず,有限長時系列から計算した,パワースペクトルもどきをS_y(f_k) としていることに注意してください.

 上の結果は,基本事項の2と3を使うだけです.説明が簡単すぎで,すいません.

 重要なのは,m階差分過程・m階積分 (和分)過程のパワースペクトルの構造です.

下の図のように,パワースペクトルの両対数プロットには直線的な構造が現れます.

積分 (和分)過程と差分過程のパワースペクトル

 m積分 (和分)過程では, S(f) \propto f^{-2 m}m階差分過程では, S(f) \propto f^{2 m}になっています.解析的には,fについてマクローリン展開して,主要項だけ残せば,

 \displaystyle S_y(f) = \sigma^2 \left( 2 \sin \pi f \right)^{2m} \approx 4^m \sigma^2 (\pi f)^{2m} \propto f^{2m}

あるいは,

 \displaystyle S_y(f) = \frac{\sigma^2}{\left( 2 \sin \pi f \right)^{2m}} \approx 4^{-m}  \sigma^2 (\pi f)^{-2m} \propto f^{-2m}

となります.

 ここから,\displaystyle S(f) \propto f^{-2m}のべき指数 (スケーリング指数) -2mを,連続的に変えるにはどうすればいいのか?と考えることで,今後,ARFIMA(0, d, 0)の話につなげます.